クルマで遠足

春の新緑は、桜よりも好きかもしれない。桜の花が華やかなら、新緑は鮮やか。陽光に輝く生まれたばかりの木々の葉は、瑞々しい。そして生命力に満ち溢れている。
この時期に、外へ出ないのはもったいないと思った。あれこれやりくりした上で鎌倉へ向かった。山に囲まれ、海に面し、そして数えられないほどの寺社。その庭にも木々の新緑はあふれているはずだ。

朝比奈ICを降りて金沢街道を走ると、空気が変わったような気がした。緑の清々しさに加えて、都会にはない厳粛さが感じられる。小高い山を横目にし、いくらか走るとカーナビの画面に、庭園の美しさで有名な報国寺の名前を見つけた。
交通量の多かった金沢街道から、わずか数十メートルしか離れていないのに喧騒は遠のき、ただ風の音とすがすがしい空気に包まれている。その中に山門が静かに佇んでいる。
ゆるやかな坂を上り、本堂の前で手を合わせる。これだけのことで、心が落ち着いてきた。花が散り、ピンクから緑へ装いを新たにした振袖のような桜の枝をくぐり、竹の庭へ歩を進めた。

竹林は別に珍しいものではない。もちろん見たこともある、足を踏み入れたこともある。しかし庭となると、まったく趣が違う。一本、一本の竹に強い意思を感じる。高さは優に6、7メートルはあろう。リズミカルに刻まれた節、空近くで揺れる枝と葉、そして背景から差し込む陽光。竹と太陽だけで、これだけの広がりと世界観が構築されることに唖然としてしまう。水墨画の中に迷い込んだかのようだった。
竹林を抜けると、もみじの葉が光り輝き洞窟が口を開けている。その中には、灯篭が立ち並んでいることで、ここが寺であったことを改めて感じた。

報国寺のわきで、まったく趣の異なる建物を見ることができる。旧華頂宮邸だ。昭和4年に建てられたいわゆる洋館で、今は誰も住んでおらず一般に公開されている。フランス式の広々とした庭園、間口も高さも充分な建物、壁に打ち付けられた装飾などを見ると、ここに住んでいた華頂宮一族は、きっと穏やかな暮らしを営んでいたのだろうと、想像できる。
しかし、窓から中を覗き込むと家具などは、残っていなかった。どういう経緯で、この住まいを手放すことになったのか、そして華頂宮一族はどこへ行ったのか気になったが、入口の案内には何も記されておらず聞こうと思っても係員の姿も見えなかった。

もうひとつ、金沢街道沿いには見ておきたい寺がある。鎌倉最古の杉本寺だ。建立は8世紀、行基によるもの。印象的なのは、苔に覆われた観賞用ともいえる階段。柵で仕切られているため、足を踏み入れることはできないが本当に美しい。硬い石段と柔らかな苔の微妙なバランスとコントラスト。うっすらと水気をふくんだその表面。木々に覆われた薄暗い空間は、夜明けの静寂を永遠に保っているかのようだった。

杉本寺のあとは、鎌倉の中心部へと入った。鶴岡八幡宮の参道「若宮大路」の裏手にある、観光に便利なタイムズ鎌倉小町大路にクルマをとめ、周辺を散策する。このあたりは、鎌倉の中でも本当に寺が多いエリアだ。あちらでも、こちらでも山門が参拝者の訪れを待っている。新田義貞に攻められた北条一族が自害をした宝戒寺、真新しい本堂が目をひく妙隆寺。そして日蓮の関連では辻説法跡や遺骨が眠るとされている本覚寺も面白い。その境内の中にある夷堂は、トンガリ帽子をかぶったような変わった八角形だ。さらに、面白いお堂があるのが妙本寺だ。こちらも八角形の形状に目を惹かれるが、子供たちが中で遊んでいる。そう、幼稚園になっている。元気な声が響き渡る。なんとも羨ましい。

妙本寺の参道は、このお堂からはじまり山へと上り坂になっている。周囲は鬱蒼とし、密林の中に迷い込んだかのようだ。大きな杉にツタがからまり、どこからともなく鶯の声が聞こえる。階段をのぼり山門をくぐった。大きな翼を広げたような、真っ黒な屋根。兜のような本堂が待ち構えていた。
一切の装飾を除いているが、圧倒的な存在感がある。しかし、ふところに抱かれたような安心感もあるのが不思議だ。ただ、時間が過ぎていくのを感じた。

最後に訪ねたのは、やはり鶴岡八幡宮だ。ここを見ずして、鎌倉の旅は終われない。二の鳥居、三の鳥居を抜けていく。以前来たときは修復中だった舞殿も完成し、その先の石段を上った。公暁（くぎょう）が3代将軍源実朝を殺害した際に、身を隠した大銀杏は小さな若葉をつけ、まぶしく輝いている。本殿で今日最後のお参りをした。
まだ時間があったので、庭園を見て回った。リスが池のほとりの柵で木の実をかじっている。きっとこのリスも春の訪れを喜んでいるに違いない。カメラを向けると、ピンボケになってしまったが何とか撮ることができた。しかし、もう一歩近づくと、あっという間に新緑に包まれた紅葉の木々の中に消えていってしまった。