クルマで遠足

クルマに乗って、出かける気軽な旅の記録。

Vol.052

池袋、タイムズ スパ・レスタにて過去を洗い流す

池袋、タイムズ スパ・レスタにて過去を洗い流す。

何の予定もない、ぽっかりと空いた夏休みのいち日。少し朝寝坊。メイクはいつもよりも薄め。誰かに会う必要もないし。別に会いたい気分でもないし。10時過ぎの山手線は、恐ろしく空いていて、冷房も効きまくり。でも、つい数十分前のラッシュの匂いも残っているような。あのドアの横に立ってる人、どこで降りるんだろう。私より年上かな。何の仕事してるのかな?ドア上の液晶モニタに出ている路線図と見合わせて、勝手に自分の中で賭けをして、一人遊び。乗ってくる人、降りる人。チェックしていくと、この車両で私が一番のんびりモードなのに気がつきます。

いつしか山手線は、私が降りる池袋に到着。ドアが開いて、線路から上がってきたムッとした熱気が私を包み込みます。それが、池袋。緑の少ない街。ビルの街。東京の中で北にあるのに、ちょっとラテンな街。目的は、タイムズのスパ施設「タイムズ スパ・レスタ」。ホームから階段を下りて、独特の匂いがする長い地下道を歩きます。きっとこの匂いは、西武のデパ地下から流れてきているはず。お惣菜とパンが混ぜ合わさった感じ。付け加えると、私が足繁く通っていた頃と同じはず。階段を上がってから後ろを振り返ると、城壁のように長い西武とパルコの建物。服を買ったり、食事もしたけれど思い出深いのは、かつてあったセゾン美術館。私と当時の彼は、訳も分からないまま学校帰りに通ったものでした。ここには、ちょっと洒落たカフェもあってお茶を飲んで、それっぽい気分になったものです。

まぁ、そんなことは良いとして真夏の陽射しのもと、サンシャイン60通りを歩きます。お店はいくつか変わっていますが、雰囲気は変わっていません。ただ、私は通りを歩く子よりも少し年上かなと思っただけです。東急ハンズのある角を右に曲がり、レスタへ。1階~9階まではタイムズステーション池袋。クルマで来たときは、当たり前ですがここにとめます。それに最近では、マツダレンタカーとカーシェアリングのタイムズプラスもできたので、ここに立ち寄る回数は増えてきています。エレベーターで11階のフロントへ。高級ホテルのようなエントランス。ただし、ちょっと違うのはクツを脱ぐことかも。

まずはシェイプアップバスです。立ちながら入れる少し深めのお風呂。足を高く上げて歩いてみたり、体全部を沈めてストレッチしたりと、体に負荷をかけます。体をいじめたら、お次は寝湯です。こちらは横になると、体全体を心地よい水流が包み込んでくれます。お湯がやさしくマッサージ。お次は池袋なのに露天風呂、屋外ジャグジー。池袋にいたら、滅多に空なんて見上げないのに、ここで感じる池袋の陽光は気持ち良い限り。リゾート気分です。

1時間ほどゆっくりつかったあとは、今日一番の贅沢、トリートメントサロンです。お願いしたのは「タラソテラピーフェイシャル(美白&デトックス) 60分パック」。ちょっと最近疲れもたまってるし、そのせいか肌もくすみがちな気がしていたので…。
トリートメントに使われているのは、フィトメールというフランス生まれのもの。まず、海泥、海藻のエキスがたっぷり入ったパックが背骨に沿って塗られます。そのまま仰向けになって、フェイシャルトリートメントがスタート。すると、不思議なことに背中のパックはプチプチ弾けながら熱を発していくんです。

その熱は、体の中へもじわじわと浸透していき、胃や腸までも刺激していく感じ。「ミネラルの力で、体の中から毒素が抜けていくんですよ」とセラピストの方。なるほど、毒素が抜けることで体全体の調子が良くなって、顔のくすみが解消され美白効果がアップするっていうことなんですね。最後にシャワーで体を洗い流して、ちょうど60分。鏡に映る自分が少し変わっていました。

クルマじゃないけど、身も心もメンテナンスしないとダメなんだなと実感です。こんなにノンビリしたのは、今年になって初めて。平日にこんな贅沢をしたことに、普段に対する優越感とちょっとした罪悪感を覚えます。そんなことを考えながら、リラックスラウンジのリクライニングチェアに身を委ね、気持ちよくウトウトしました。ふ~。

少し喉が渇いて、目が覚めました。何か飲もうかと思った瞬間、右斜め前の席に見憶えのある横顔。少し濃いひげ、長いまつ毛にほんのりカールしたくせ毛。左首にあるホクロ。指名手配のモンタージュ写真じゃないけど、一瞬でつながった。疑いたくても、無理でした。
「あいつだ」
セゾン美術館に通っていたころの彼です。向こうは絶対に気付いてないはず。気付いていたら、あの性格だったら絶対に声をかけてくるはず。その昔、ばったり会った昔の彼女に、私がいるにも関わらず図々しく挨拶をして、さらに3人でお茶までしたことがあるんだから。ちょっと嫌な気分がこみ上げてきます。

別に今さら会ったところで、何も喋ることはない。それに、今日いち日とっても良い気分でいるんだから、あえて思いも寄らなかったことにチャレンジする必要はないと判断しました。

喉は乾いていたものの、私は気配を悟られたくなくて、顔を左側にそむけ、また目を閉じて寝ようとしました。でも、もちろんこんな時に眠れる訳もなく、ただじっとしているだけ。タヌキ寝入りです。
おでこに汗を感じてきて、少し薄目を開けて、右斜め前を確認しようとすると「久しぶり」という懐かしい声が聞こえてしまいました。
「驚かないんだね」
「まさか、驚いて声が出ないだけ!」
「それにしては、大きな声に思えるけど」
ちょっとシャクにさわりましたが、まぁ昔と変わらないなとホッとしたのも本当です。
「昼、まだだろ。ちょっとそこのレストラン行こうよ」
「あなたのおごりならね」
「えっ?」

「私は、魚介の明太子クリームパスタ」
「俺は、これ。鶏ガラすーぷの塩そば」
メニューを見て、きっと彼は塩そばを頼むんだろうと思ったら、やっぱりそう。あと早食いなところも。自分の分を平らげると、「ちょっと、味見」なんて言って、昔みたく私の皿に箸を伸ばしてきます。ちょっと待ってよ、そのエビ、最後に食べようと思ってとっておいたんだから。パクっとやった後、気持ちよさそうにアイスコーヒーをすすっています。
「どうなの最近は?」
「何を話せば良いの?仕事のこと?それともプライベートのこと?」
「2つ目の方は、聞かないでもわかるよ。左手に何もついてないし」
既婚者だって指輪をしない人なんて今どきいっぱいるのに。なに古臭いところで判断してるんだろうと思います。まぁね、結婚していないのは本当だけど。
「仕事は、デザイナー。商品パッケージとかの。もう結構長くやってる」
「写真は?」
「自分に才能がないのが分かったから、学校出て2年くらいで辞めたわ。そっちこそどうしてるのよ?」
「独身、普通のサラリーマン。IT系の」
「えっ、ずっとパソコン、携帯嫌いで通してたのに?原稿用紙派、万年筆派だったんじゃないの?」
「原稿用紙買う金がなくて、チラシの裏にまで書いてたけどね」

と言って、下を向いて白い歯を見せて、元カレは笑っています。他人には相変わらず図々しいのに、自分のことになると、照れくさがる。そんなところは変わってない。
「このあと、何か予定あるの?」
「あるって言っても、聞かないつもりでしょ」
「そんなことないけど、ほらサンシャインの水族館に行こうよ」

「えっ、今年の9月からリニューアル工事のため1年間、休館!?」
「ほんとだ…」
たまたまだけど、この人に誘われなかったら、きっとサンシャイン国際水族館が休館だったのを知らず、もっと驚いたりショックだったはず。ここは、ちょっと感謝です。

「生き物ふれあい!“遊”体験」。生まれて初めてヒトデの感触を確かめたり、デンキナマズを触ってピリッときたり。結構、貴重な体験かも。さらに、これはあり得ないと思ったのが、あの巨大なリクガメまで触れること。
「甲羅の感触、すごいわね。なんか木みたい」
「古い寺の柱とかってこんな感じだよね」
「それに、このカメ、カメらしからぬ元気のよさじゃない」
「本気出したら普通にウサギに勝てんじゃねぇ」

水族館の中に入ると、ちょうど「水中トーキング餌付けショー」の真っ最中。水槽の中に入った飼育員のお姉さんが、エイやサメにぽんぽん餌をあげていきます。圧巻は、ウツボ。鋭い歯を持って、いかにも海のギャングスター的なウツボを、お姉さんは笑顔のまま軽々と捕まえてしまいます。おーっと歓声があがり、さらに餌をあげると拍手が沸き起こりました。

続いて覗いた水槽は、ラッコちゃん。
「デカイね。このラッコ」
「いいじゃない、かわいいんだから」
「それ、自分の背が高いのとひっかけてる?」
「失礼ね」
続いてはアシカのショーに釘付けになり、ペンギンのパレードも楽しみます。
「サンシャインの水族館って、変わらないわね」
「魚や動物たちがとっても身近に感じるし、みんな愛嬌があって良いよね。俺みたいじゃない?」
「サンシャインの水族館の方が、遥かに魅力的よ。あなたより!」
何か話の間合いが昔ぽくなってきた。でもちょっと楽しい。向こうも似たようなこと感じてるのかしら。

水族館を見終わった後は、サンシャイン60の最上階にある展望台まで行くことになっていました。星座が描かれたエレベーターには、私たちの他に、正真正銘のカップルがひと組。私たちは一体、何なんだろう。

実は初めて上がった展望台。建設中の東京スカイツリーが見えたり、六本木ヒルズが見えたり、新宿が見えたり、その先には丹沢の山々も。

「あの辺じゃないか?学校」
「あの辺がどの辺を言ってるのかわからないけど、おそらく方向は合ってるわよね」
ということは、きっと私たちが短い時間を過ごしたアパートも、見つけることはできなくても、2人の視界には入っているはず。私の頭の中で、2人しか知らない幾つかのエピソードが思い返されました。

彼の横顔は、あの頃に比べると男らしくなった気がします。きっと、しっかりやってるのでしょう。
軽く腰に手をかけている左手を、私は引き寄せました。手を握りました。昔の感触が、思い返されます。悔しいけど、また彼に惹かれてしまったのだと思います。それを感じた私は、彼を試したいというよりは、きっと自分を試したのだと思います。その結果、感じた答えは「違うよ」でした。
さすが元カレ、私の動きから回答までをキレイに察したのでしょう。笑ってました。私も彼に負けないくらい、笑いました。

好きだった人を嫌いにはなれないけど、もう一度好きになることはできない。
うまく説明できないけど、実家に帰ったら小さい頃に必ず一緒に寝ていたぬいぐるみを押し入れの奥で見つけた。抱きあげれば、大好きだったことは思い出すけど、もう一度ベッドの横に置く気は、さすがに起きない。そんな感じです。だって私は、大人になったんだから。

映画だったら、夕日をバックにお別れのキスでもするのかもしれないけど、クククッと苦笑いでサンシャイン広場の前で別れました。彼は、池袋駅方面へ。私はまた、タイムズステーション池袋へ。電車で帰るのも野暮なので、マツダレンタカーでクルマを借りて、夜の東京ドライブを楽しみ、夏休みのある日に幕を下ろしました。

2人の関係に、思わぬ1ページが追加されてしまったけど、それは“あとがき”みたいなもの。新しい物語は最後のページから生まれるんじゃなくて、もっと新しいものから生まれるんですよね。
ぜったいに。

※ストーリーに登場する人物はフィクションです。



タイムズ スパ・レスタ

サンシャイン国際水族館

[リニューアル工事に伴う休館期間]
2010/8/31(火)営業終了 2010/9/1(水)より2011年夏まで休館予定

サンシャインシティ


※この記事は2010年8月09日現在の情報です

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